【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
「───正直、さっきはちょっと悔しかった」
背中に回された手に力が入ったのを感じ、八重は顔を上げた。
すると拗ねた顔をしている光太郎と目が合う。
「最初のダンスで八重の手にキスしようと思ってたのに、赤葦に先を越された」
一瞬、何のことを言っているのだろうと思ったが、先ほどの赤葦のハンドキスのことだと分かり、八重は思わず笑ってしまった。
「でも、私にとってはハンドキスよりも、ファーストダンスの方が大事です」
そう言うと機嫌を直したのか、“そっか”と光太郎は無邪気に笑った。
その顔を見ていると、緊張とコルセットの苦しさが薄れていくようだ。
「・・・光太郎さん、私を最初に誘ってくださってありがとうございます」
このダンスホールにいる御婦人方は皆、貴方に魅せられている。
貴方に抱かれて踊っていると、全てを忘れてこのまま美しい音楽と時に流されてしまいたくなる。
繋いだ手で、合わせた視線で、少しずつ体温が上昇していくのが分かるの。
「お前を最初に誘うのは、当たり前だろ」
真っ直ぐな瞳と、真っ直ぐな言葉。
「そもそも俺は今夜、お前以外と踊る気はないし」
この抗いようのない魅力に心を奪われるなと言う方が酷だろう。
舞踏会では通常、同じ相手とだけ踊り続けるのは無礼だとされる。
当然、ホールの隅では光太郎に熱い視線を送っている若い令嬢達だっている。
しかし、当の本人はまったく気にしていないようだった。
「では私は今夜、光太郎さんを独り占めできるのでしょうか」
「それは違うな」
ターンをするたびに広がる八重のドレスは、まるで開花する白薔薇のよう。
しかし虹に包まれるような時間は永遠に続かず、無情にも音楽が止まってしまう。
光太郎は八重の腰から手を離すと、完璧な仕草で会釈をしながら言った。
「今夜は俺が八重を独り占めすんの!」
たとえ目を固く閉じようとも、その眩い魅力から逃れることなどできないだろう。
手の甲にキスを受けながら、八重の頬は桜を散らしたように薄紅色に染まっていた。