【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
夜会当日、参列する多くの華族家がそうであるように、木兎家も準備に追われていた。
「八重様、髪結いをいたします」
すでにコルセットで胴体をこれでもかとばかりに締め上げられているのに、さらに髪の毛も抜けんばかりに方々へ引っ張り上げられる。
久しぶりの苦行に、八重は苦笑いを禁じ得なかった。
“よろしいですか。レディに苦痛などありません。
お腹もすきませんし、汗をかくこともありません。
微笑みを絶やさず、余計な言葉は話さないのです”
Debutante、初めて社交界に出た日。
尖った顔の英国人家庭教師は金切り声を上げながら、コルセットが苦しくて涙を流す八重に厳しく言い聞かせていた。
“英語はQueen's Englishのみ。
日本語訛りはお慎みなさい、殿方に相手にしてもらえなくなります”
貴光は八重の社交界デビューは国際交流の一環になればいい程度にしか考えていなかったが、家庭教師は違った。
東洋出身の令嬢が英国社交界でレディとして認められ、貴族から結婚の申し込みがあれば、家庭教師としての自分の名が上がる。
彼女の厳しい訓練にかなり泣かされたが、そのおかげで国が変わっても社交界と聞いて物怖じせずにいられた。
「八重様、大丈夫でしょうか? 呼吸はできていますか?」
「大丈夫。向こうのドレスはもっと大変だったわ」
「本場は違うのでしょうね」
たすき掛け姿の京香は、どことなく楽しそうだった。
夜会の準備など日美子以来で、華やかなドレスを見ればどうしたって心が躍る。
「今度、付き添いで京香さんも来る?」
「とんでもございません。使用人が足を踏み入れていい場ではありません」
とはいっても、赤葦家だって十分に裕福な家だ。
家柄では劣るかもしれないが、その財力は貧しい男爵家などとは比べものにならない。
「招待客の中には商人もいるようだから、京香さんが参列したっておかしくないのに・・・」
「ふふふ、たとえ招待されても辞退いたします。京治と私は、旦那様と八重様がお留守の間、木兎家をお守りしなければなりませんし」
「・・・・・・・・・・・・」
京香の口から赤葦の名が出た瞬間、八重は女中達の噂話を思い出した。