【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
朝食の後、八重は京香の部屋を訪ねた。
家政婦長である京香には、赤葦や闇路と同様に個室が与えられている。
使用人が住まう西館の二階にあるその部屋をノックすると、寝巻姿の京香がドアを開けた。
「八重様・・・!!」
「気分はどう?」
「ご心配をおかけして申し訳ございません。大したことないので、午後からは務めに戻ります」
京香は慌てて、浴衣の裾から出ている手首を手の平で押さえて隠した。
その下には人間の指の形をした赤黒い痣が残っている。
幸い、八重はその他のものに気を取られ、痣の存在に気が付くことは無かった。
「この香り・・・ホワイトローズ?」
京香の部屋に漂う甘い香りに気が付き、顔を綻ばせる。
「懐かしい、私もこの香りが大好きよ」
八重が社交界デビューしたその日に着けていたのも、貴光からプレゼントされたホワイトローズの香水だった。
「そうだわ。今度、光太郎さんと共に夜会へ行くことになったの。私にもこの香水を用意していただけるかしら?」
「・・・この香りを・・・でしょうか?」
京香は眉間にシワを寄せながら、痛む手首を押さえた。
香水を手に入れること自体は簡単だ。
だが・・・
この香りを穢れない八重に纏わせるのは・・・
「か・・・かしこまりました。質の良い外国産の香水をご用意いたします」
「京香さん・・・?」
真っ青な顔でガタガタと震える京香を見て、体調が悪いせいだと思ったらしい。
八重は京香を部屋の中に戻すと、ニコリと笑った。
「今日は休んでいなさい。辛いようだったら、明日の朝の支度も別の人に頼むから大丈夫よ」
「・・・申し訳ございません、八重様」
パタンとドアを閉じた瞬間、換気をしたはずなのに白薔薇の残り香が色濃く立ち込める。
八重は好きだと言ったけれど・・・
京香にとっては恐怖でしかない香りだった。
「京治に・・・相談しなければ・・・」
彼ならばうまく八重の気を白薔薇から逸らしてくれるかもしれない。
京香はこの香りの中で、身体中に残る恐怖の痕を押さえながら床に蹲ることしかできなかった。