【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
白福雪絵、十八歳。
木兎家へ丁稚奉公に出されたのは八つの時だった。
木兎家の旧領地にある生家では腹を鳴らしていた記憶しかない。骨と皮ばかりの痩せこけた少女がこの屋敷に来て初めて目にしたのは、釜一杯の白飯だった。
この世はなんと不公平なのだろう。
米など生まれてこのかた、片手で数えられるほどしか口にしたことがないというのに。それに使用人ですら皆、自分が生まれ育った村の誰よりも良い身なりをしている。
初仕事として水汲みを命じられていた少女は、空腹に刺さる御馳走の匂いに眩暈がして倒れそうになっていた。すると突然、厨房に華やかな薔薇の香りが立ち込める。
『あら、今日から入ったという新しい女中さんは貴方ね! なんと可愛らしいの』
真っ白な肌に薔薇色の頬。
亜麻色の髪を緩く結い上げたその人は、まるで天女のように美しい笑みを浮かべながら雪絵の顔を覗き込んでいた。
『日美子様、このような場所にいらしたことが赤葦様に知られたら、また叱られますよ』
女中の一人が困ったような声を上げていたが、木兎家当主の妻はお構いなしに雪絵と同じ目線になるよう屈むと、垢だらけの頬を真っ白な手で撫でた。
『今日から木兎家に仕えてくれる大切な女中だもの、ご挨拶しなければ』
あの時の日美子様の柔らかな手、一生忘れません。
『お腹がすいているの? ではおむすびを握ってあげましょうね。私、おむすびだけはとっても上手なのよ。光太郎も大好きなの』
日美子様が手ずから握ってくださったおむすびの味、一生忘れません。
それから十年、日美子は雪絵にとって憧れの全てであり、また母親のような存在となっていた。
日美子亡き後の木兎邸で向かい合う雪絵と赤葦。
「───赤葦がしていることは、日美子様の御遺志に沿っているのよね?」
問いかける形はとっているものの、返答を待つ気はないようだ。普段のおっとりとした笑顔はどこへ行ったのやら、猛禽類のように目を光らせながら赤葦を数秒ほどジッと見つめてからふと微笑む。
「話はそれだけ。じゃあねー」
日美子に心酔しているからこそ赤葦に加担する。それが遺志を尊重することになると考えている雪絵。
伝えたかったことを伝えられて満足したのか、持ち場である調理場へゆっくりとした足取りで戻っていった。