【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
「それに私も木兎家の人間として、できる限りのことはやりたいのです」
この家に来て日は浅いかもしれないが、光臣の足跡や光太郎の言動を見ているうちに八重の中にも“木兎家として”の責任が確かに芽生えていた。
ここで働く人々、旧領地に暮らす人々の未来が安泰となるよう、木兎家は決して落魄れてはならないのだ。
「ただ・・・一つだけ、お願いがございます」
「うん、何でも言って」
八重は一呼吸を置き、舞い散る雪の中に白い息を溶け込ませながらその願いを口にした。
「赤葦京香を牛島家に連れていくことをお許しいただけませんか?」
“赤葦家の人間が木兎家から離れることは決してありません”
「京香さんは木兎家にとって大切な女中頭・・・簡単に許してもらえるお願いとは思っていません。ですが、あの方と一緒ならば牛島家に嫁いでも心細くはないと思うのです」
光太郎は黙って八重を見つめていた。
その瞳に驚きの色が無いのは、すでにその旨を聞いていたからか。
“私は光太郎さんの望むままに、死ぬまでお仕えいたします”
“赤葦家に生まれ落ちたその日から、私は貴方のために生きているのです”
静かな覚悟を決めた京香の表情と言葉が、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
その一つ一つの名残を惜しむように小さく溜息を吐くと、光太郎は寂しそうな笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。八重の好きにしていい」
もし、新橋の芸妓かおりがいなかったら。
もし、赤葦がいなかったら。
八重と京香の両方が木兎家から去っていくことに、光太郎は耐えられなかっただろう。
身分などお構いなしに、かおりは“一人の人間として”弱気になった自分を叱咤激励してくれる。
それでも迷いそうになったら赤葦が必ず、光太郎の進むべき道を真っ直ぐと作ってくれる。