【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
脇に置いてあった手ぬぐいを拾い、その汗を拭ってやろうと近寄ると、光太郎は何かを思い出したようにスザザッと後ろに引いていった。
「あ! 悪ィ、八重に近づいちゃ駄目なんだった!!」
「え?」
いったいどうしたのだろうと八重が首を傾げていると、両手をブンブンと振り回しながら説明し始める。
「京香から言われているんだ。八重は結婚前で敏感になっているから、あまり男に話しかけられたり、触られたりしたくないだろうって」
「京香さんが?」
ああ、そうか・・・
京香は全て悟った上で、余計な刺激を与えないように光太郎にそれとなく言っておいてくれたのか。
確かに、“男性”に対して嫌悪感を抱いていた昨日の自分だったら、たとえ光太郎であっても触られるのは嫌だったろう。
「なぁ、八重・・・本当はウシワカと結婚するのは嫌なんじゃねぇか?」
いつもは逆立っている銀髪が、汗と雪で濡れたせいか頼りなげに下がっている。
逆にそれが光太郎本来の顔立ちの良さを引き立たせていることに気が付かぬは本人ばかりか。
「俺に遠慮することはねぇぞ。本当のことを言って、八重」
底抜けに明るく、そして子どものように無邪気なこの人と結婚できればきっと幸せだっただろう。
でも、幸せの形は一つではないし、牛島若利の妻になることが不幸なわけでもない。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫、“私が”牛島家に嫁ぎたいのです」
「・・・・・・・・・・・・」
「木兎家分家の、しかも両親のいない私を牛島家が迎えてくださるなんて、なんて幸せなことでしょうか」
「・・・本当にそう思っているならいーけど」
光太郎の大きな瞳が金色に光る。
下手な嘘など見抜かれてしまうのではないか、そう思って目を逸らしたら、それこそ自分の心に迷いがあることを自ら示すようなもの。
八重は手ぬぐいで光太郎のこめかみから流れている汗をぬぐい、いつも以上に力を込めて微笑んでみせた。