【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
「京治は赤葦家の長男で、私の大切な弟よ」
「それは貴方の本心でしょうか」
赤葦は数歩、京香ににじり寄った。
自分を見上げる姉の美しい顔に、明らかな恐怖が浮かんでいる。
「なればなおさら牛島家に行くことは許しません。たとえ旦那様が許しても、貴方をこの家に留める術などいくらでもある」
いざとなれば、牛島夫人に掛け合って京香を雇わないように根回しすることだってできる。
そうなれば木兎家以外に京香が生きていく場所はないだろう。
「他の女中なら、八重様について牛島家に行くことを許していたでしょう。だけど貴方だけは駄目です」
赤葦は京香の肩を掴んで自分に引き寄せると、強張っているその身体を抱きしめた。
「京治・・・離しなさい」
「いいえ、離しません」
姉が自分に対して恐怖を抱いているのが、震えている身体でよく分かる。
赤葦は京香の髪に顔を埋めながら、珍しく冷静さを欠いた声で呟いた。
「貴方がそばにいるから、俺は赤葦京治として生きていられる」
「・・・・・・・・・・・・」
「姉さんは幸せにならなければならないんです・・・俺が、姉さんを幸せにしてあげます」
“玉の緒よ 絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする”
今の赤葦の心情そのものである、百人一首の八十九番歌がよぎる。
ああ・・・秘めた想いが明るみになるぐらいなら、その前にこの命が絶えてしまえば良いのに。
「・・・姉さん」
暗い部屋に、二人の呼吸の音だけが響く。
赤葦に抱きしめられている京香に抵抗するそぶりはなかった。
しかし、相変わらずその身体は硬直し、弟の神経を逆なでしないよう努めているように見える。
本当に・・・早くこの命が絶えてしまえばいい。
赤葦はゆっくりと悲痛な面持ちで天を仰いでから、上着のポケットから香水が入った小瓶を取り出した。
「───今夜も抱かれてくれますね」
蓋を開けると、とたんに部屋に広がる白薔薇の香り。
京香は絶望的な目を弟に向けた。