【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第3章 秋霖 ②
「私はね、赤葦から貴方の事を聞いてからどうしてもお会いしたいと思っていたのよ」
“貴光様に似て聡明な御令嬢だと聞いております”
滅多に表情を変えないことで知られる木兎家の家令だが、八重について語る時は珍しく微笑んでいた。
だから余計に期待を膨らませていたが───
「ねぇ、八重さん」
京扇子越しに貴光の忘れ形を見つめる、定子の瞳。
赤葦の言葉は本当だった。
この少女は貴光に良く似ている、“申し分のない”令嬢だ。
「ぜひ秋の花会に貴方も参加してくださらない? その席で息子の若利を紹介するわ」
「若利様?」
その名前を聞いた途端、八重は思わず吹き出しそうになった。
ウシジマワカトシ。
今朝、光太郎が気に入らないといっていた“ウシワカ”とは、牛島家嫡男のことだったのか。
「今朝、光太郎様から若利様のことを少しだけ聞きました」
「そういえば、木兎伯爵と若利は学院で剣術の腕を競う仲らしいわね」
“木兎伯爵”
侯爵夫人が光太郎をそう呼ぶのは、当然のことだ。
屋敷内での光太郎は子どものように無邪気でも、世間から見たら十八で爵位を継いだ立派な伯爵。
華族としていずれは貴族院に入る彼にのしかかる重圧は、計り知れないものだろう。
「私には力不足かもしれませんが、木兎家のために精進いたします」
光太郎を支えるために、自分も木兎家の人間としてどこに出ても恥ずかしくない人間にならなければ。
それにはまず日本の社交界で必要な作法を身に付け、赤葦に認めてもらう。
「貴方が気負う必要はないわ、木兎家には赤葦がいるもの。彼は若いけれど使用人としてとても優秀よ」
定子は赤葦をとても買っているようだった。
“定子様、どうか八重様に花を教えて頂けないでしょうか”
二週間前、わざわざ牛島邸まで頭を下げにきた赤葦。
本来ならば光太郎が来るのが筋だが、赤葦の華族社会での評判を知っているだけに定子は不快には思わなかった。
「貴光様の名前を出したら私は断らないと知っていたのね。野心家でもあるようだし、そういう人間は・・・」
何かを言いかけたが、それを遮るように扇子で口元を抑える。
この先は話すべきではないと思ったのだろう。