【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
光太郎が新橋の遊郭から帰ってきたのは、暗鬱な一夜を洗い清めるような朝日が屋敷に差し込む頃。
八重はまだ起きてくる気配がないが、光太郎はひと眠りしたら朝食を取りたがるだろう。
一睡もしなかったことを誰にも悟られないよう、赤葦は冷たい井戸の水で顔をバシャバシャと洗ってから厨へと向かった。
「赤葦、おはよー」
その途中、冷気で溢れた廊下で八重の看病を頼んでいた女中の雪絵と鉢合わせをする。
両手いっぱいに抱えている着物は八重のもので、これから洗濯をするつもりなのだろう。
さすがの赤葦も一抹の気まずさを覚えながら雪絵に軽く会釈をすると、家令として聞かねばならぬ質問をした。
「八重様のご様子は?」
「よく眠ってる。でも、“安心して”とは言わないよ」
「・・・・・・・・・・・・」
昨晩、すでに就寝していた雪絵を起こし、詳しい事情も説明しないまま八重の看病を頼んだ赤葦。
普段はのんびり屋な雪絵だが、八重の姿を見た瞬間は流石に狼狽の色が浮かんだ。
一応身体を覆い隠してはいるものの、明らかに誰かの手で乱された衣服。
頬に残る涙の痕と、四肢のあちこちに残る痣。
何者かによって凌辱されたことは明らかで、この屋敷の中でそんなことができる人間は“限られて”いる。
「赤葦、いつまでこんなことを続けるつもり?」
「・・・・・・・・・・・・」
「京香さんだけじゃ飽き足らず、八重様まで傷つけてさぁ。もう庇いきれないよー」
軽い口調で言ってはいるが、雪絵の目は笑っていない。
八重の着物を運ぶのを手伝おうと差し出した赤葦の手を避けるように脇をスッと抜けると、肩越しに振り返って憐憫の眼差しを家令に向けた。
「旦那様も赤葦も・・・みんな傷ついてばかりでもう見てられない」
「雪絵さん・・・」
「でも、安心してー。それでも最後は必ず、赤葦の味方をしてあげるから」
だって貴方が一番、光太郎様のことを考えているもんねー、と微笑む。
もし白福雪絵という女中がいなければ、赤葦はとうに潰れていたかもしれない。
光太郎や京香ですら知らない赤葦の一面を知る彼女は、この屋敷で起こった出来事を闇から闇に葬る役目を担うことで彼を支えていた。