【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
なかなか返事をしない赤葦に痺れを切らしたのか。
「“家令様”、どうか外出許可を」
京香が名前ではなく役職で再び呼ぶと、赤葦はハッと顔を上げた。
数メートルの距離の先にいる姉は凛とした表情をしていた。
京治、どうかそんな顔をしないで。
私は大丈夫、これぐらいで傷ついたりはしないわ。
赤葦家の女は代々、別式女として木兎家を守ってきた。
貴方のためにだって喜んでこの身を犠牲にいたしましょう。
黒目がちの瞳が静かにそう訴えている。
「今夜は黒尾さんのお傍にいます」
だが、京香は知らない。
彼女が最も守りたい人間の一人、木兎八重が弟に凌辱されたことを。
身も心も傷つき、気を失ったままベッドに横たわっていることを。
何も知らない姉の美しい顔を見つめているうちに、赤葦は背後から歪な歯車の廻る音が聞こえてくるような気がした。
それはギーギーと耳障りで不安を掻き立てるような音。
だが、どんなに不安になったところで、後悔したところで、もはや引き返すことなどできない。
赤葦は浅い呼吸をしてから、生気の無い冷たい瞳を京香に向けた。
「承知しました、外出を許可します」
ただ弟を信じ、“木兎の懐刀”として黒尾の慰み者になる道を選んだ京香。
そんな姉から目を逸らすように赤葦が外に目をやると、玄関扉の上に取り付けられた窓の向こうでは漆黒の闇で雪がちらついていた。
一粒一粒が純白のはずなのに、まったく美しいとは思えない。
酷く陰鬱で世界の隅々まで凍てつかせるような冷たさしか感じなかった。
「姉さん・・・申し訳ございません・・・」
黒尾と共に屋敷から出ていく京香の背中を見つめながら、口を突いて出た言葉。
ここでもし少しでも動揺を見せたり、姉の手を掴んで引き留める素振りを見せれば、黒尾はたちまちのうちに赤葦の本心を見抜いてしまうだろう。
「赤葦家の人間が仕える限り、木兎家が断絶することは絶対にない・・・何を犠牲にしようとも・・・俺が赤葦家の長男である限り・・・」
赤葦は一人、手の平に爪が突き刺さるほど拳を強く握りながら、白い吐息の先に広がる暗闇を見つめていた。