【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
「赤葦・・・もし京香まで裏切ったら、お前はただの夜叉だ」
日美子が死んだ夜、沸々と絶え間なく湧き出てくる怒りと怨みの感情を京香にぶちまけた黒尾。
それでも、いくら激しい感情で我を失っていたとはいえ、京香の細くて白い四肢に出来た痣を見て、黒尾は自らの行いの非道さに吐き気を催した。
人間とはそういうものだ。
なのにお前は愛する姉が、恋仲でもない男の腕の中に閉じ込められている姿を見ても眉一つ動かさない。
「私のことはどうとでも好きに呼べばいい。そもそも黒尾さんの慰み者になると決めたのは、姉自身です」
「・・・本気で言っているのか、赤葦。実の姉を犠牲にしているんだぞ」
「それで御家を守れるのならば安いものです」
赤葦は右手首の内側にできた真新しい痣を、左手の先で軽く抑えた。
それは先ほど、抵抗する八重を押さえつけた時にできたもの。
“貴方はただ、これから起こる事を悪夢だと思っていればいい”
“私を救えるのは貴方だけなのです。貴方にだけ・・・私はこの熱を吐き出すことが許される”
ああ・・・忌々しい。
すでに終わったことだというのに、何故こうもあの方の表情が目に浮かぶのだろう。
黒尾が言った通り、自分は夜叉だ。
夜叉でなければならないのだ。
赤葦は溜息を吐くと、黒尾と京香とを交互に見つめた。
「私は木兎家を守ることができさえすればいい。姉もそれは承知の上です」
光太郎と八重のために京香を犠牲にする。
赤葦が京香を見つめる時、慕情とともに自責の念を込めた瞳を常にしていたのはそのせいだった。
「ただ───」
目的のためならば、愛する人すらも“駒”とする。
そんな冷血な木兎家の家令は、静かに俯いてから瞬きを一つ、そしてゆっくりと黒尾を見据えた。
その瞳を見た瞬間、黒尾と京香の背筋にゾクリと冷気が走る。
それはただ冷酷なだけじゃない。
赤葦の瞳はまるで、底の見えない空洞のようだった。