【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
「弟から手を離してください、黒尾さん」
黒尾の手首を掴む、白い女の手。
それまで片時も視線を外さず赤葦を睨んでいた黒尾が初めて、自分よりも頭二つ分低い位置にある顔をゆっくりと見下ろした。
「京香・・・」
「少しでも京治を傷つければ私が容赦しません」
普段は柔和な京香が今、激しい怒りの色を露わにしていた。
目は吊り上がり、頬も上気しているのに、その声が腹に響くほど低いのは冷静さを失っていない証拠だ。
何よりも黒尾の手を掴んでいる力は、まるで女のものとは思えないほど強かった。
脳裏をよぎる、“木兎家の懐刀”という呼称。
江戸時代に主君や妻たちを守る役目を負った別式女たち、特に赤葦家の女は武芸に優れた者が多いと評判だったと聞くが、この細腕から一体どうすればこれほどの力が出るのか。
「京香・・・お前が守るのは木兎家だけじゃなかったのか?」
「そうです、だから私は貴方から京治を守らなくてはならない」
光太郎様は私がお守りする。
八重様は私がお守りする。
そして・・・
「京治は木兎家の大事な家令・・・私がお守りしなければなりません」
それが赤葦家に生まれた人間の務め───
たとえ真実を全て知っていても・・・否、真実を全て知っているからこそ、自分は弟を守らなければならない。
「当然、腕力では私は貴方に敵いません。だから、日美子様のご葬儀の後、交換条件を出しましたよね」
その瞬間、僅かに赤葦の眉間にシワが寄った。
それは息苦しさからではなく、もっと深い場所からくる苦痛。
黒尾もその赤葦の表情の変化に気づいていた。