【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
しかし、狂った歯車が紡ぐのは、いびつな未来でしかないのだろうか。
黒尾が血相を変えながら馬車で向かっている頃、木兎邸では赤葦が気を失ったままの八重を、寝室のベッドまで運んでいた。
「・・・・・・・・・・・」
八重の頬には涙の痕がくっきりと残り、唇も裂けてしまっている。
肌を覆うように着物でくるんではいるが、この寒さだ、きちんと寝間着に着替えさせないと風邪を引いてしまうだろう。
だが、“家令”に戻った赤葦は、八重の着替えを手伝うどころか、本来ならば主人の許可無しに寝室に入ることすら許されなかった。
「・・・誰か呼んできます」
ベッドに寝かせながら、八重の顔を見下ろす。
羽を毟り取った小鳥の、なんと弱々しげなことよ。
軽く触れるだけで壊れてしまいそうだ。
目を開ければ、それでも翼をばたつかせるのだろうか。
せめて布団だけでもかけてやろうと、もう一度身体を持ち上げようとした、その時だった。
「こ・・・たろ・・・さん・・・」
気を失ってもなお、光太郎の名を呼んでいる。
それほど八重にとって木兎家当主の存在は大きいというのか。
赤葦は眉間に深いシワを寄せると、八重の耳元に唇を近づけた。
「貴方はこんな仕打ちを受けてもなお、木兎家を・・・旦那様を、守ろうとしているのですか?」
貴光様が御存命の頃、貴方にとって木兎家本家とは遠い国の親戚の一つにすぎなかったはず。
それなのに使用人に凌辱されても、自尊心を傷つけられても、貴方は木兎家のために御自分を犠牲にすることができますか。
“貴光様の一人娘・・・白薔薇のごとき令嬢でしょう”
白薔薇とは、木兎日美子の美しさを喩えた花。
赤葦京治という一人の男の全てを狂わせた、この世で最も憎い花です。
「もしそうだとしたら八重様、貴方はつくづく健気で憐れな御方だ」
目を覚ます気配すら見せない八重の頬に指先でそっと触れると、赤葦は静かにベッドから離れる。
そして明かりのない寝室を音もなく歩き、ほんの一瞬だけ八重の寝顔を視界の端に入れてからドアをゆっくりと閉じた。