【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第7章 冬の蝶
ガラガラガラとけたたましい辻馬車の音が夜の東京に響く。
こんな夜更けに手綱を取る馭者も、高い金を積まれていなければ馬にこれほど無理はさせなかっただろう。
「ウプッ・・・」
車輪が跳ねる度、その振動が酒で満たされた胃に直接響き、強い吐き気が黒尾を襲う。
光太郎などは平気な顔をしているが、黒尾は酒を飲んだ後の馬車が苦手で、普段は新橋から歩いて帰るほどだ。
それでも今宵は事情が違う。
例え反吐を撒き散らしてでも、一刻も早く木兎邸へ行かなければならなかった。
「赤葦・・・」
“木兎家にはまだ、正統な直系の血を引く方がいます”
木兎光臣伯爵の令室の葬儀では誰もが悲しみに暮れる中、赤葦は一筋の涙すら流すことなく冷やかな目をしていた。
これから木兎家はどうなるのかと憂う黒尾に、赤葦が明かした事実。
日美子が死に、光臣自身も子を儲けるには歳がいきすぎている。
貴光まで他界している今、それでも木兎家直系の血を残す人間がたった一人だけ、存在すると。
“貴光様の一人娘・・・白薔薇のごとき令嬢でしょう”
白薔薇とは、日美子の美しさを喩えた花。
そんな赤葦に対して一抹の疑念を覚え、八重をどうするつもりかと問いかけた黒尾に彼は青白い炎を瞳の奥に宿らせながら言った。
“憐れな姫君には御家のために犠牲となっていただきます”
それは黒尾と赤葦の間だけで交わされた会話だ。
日美子の死は多くの人間が悼んだが、夜間に行われる火葬にまで参列する者はなく、丑三つ時の火葬場に居たのは光臣と光太郎、赤葦家の人間、そして黒尾だけだった。
だからこの話を知る者は二人以外にはいない。
“それはきっと、黒尾さんの望みを叶えることにもなるでしょう”
日美子を灰にしていく火葬炉の炎。
その業火ですら黒尾と赤葦がそれぞれに抱く憎しみと怒りを焼き切ることはできないだろう。
それでも何も知らない少女の運命を犠牲にすることで、二人の取引は成立した。
そのはずだった───