【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
ああ・・・
朝食のパンの匂いがやけに障る。
紅茶の香りも、窓から差し込む陽の光も、全てが不快だ。
そして、何よりも───
あれだけのことをしておきながら、いつもと変わらない赤葦の態度が酷く不快で、酷く悲しかった。
「赤葦、医者を呼んだ方がいいと思う?」
「そうですね」
光太郎は些細なことでも赤葦に助言を求める。
この人は家令を信頼しているんだ。
同時に私を心から心配してくれている。
何があっても傷つけたくは・・・ない・・・
「大丈夫・・・お医者様を呼ぶほどのことではありません」
「とは言ってもお前、全然大丈夫そうに見えないぞ。本当は何かあったんじゃないのか?」
きっと、これが助けを求める最後のチャンスだったのかもしれない。
だけど八重はその言葉に縋ることができなかった。
「本当に・・・何でもありません」
とはいえ今にも倒れそうな八重を支えるために光太郎が席を立とうとした、その瞬間。
赤葦がゆっくりと口を開いた。
「八重様ご本人が“何でもない”と仰っているのです、本当に何でもないのでしょう」
八重に向けられる、冷たく残酷な瞳。
「ですが、念のため、医者を呼んでおきます。それでいいでしょう」
昨日のことは八重が一人で見た、単なる悪夢だ。
そう片付けて、全てを闇に葬り去ろうとしている。
「・・・ッ」
赤葦・・・私は貴方を許せるかどうかは分からない。
でも、理解をしてあげたいとは思った。
貴方が何に苦しみ、どうして救いを求めていたのか。
それなのに、貴方の瞳はあまりにも冷たい。
「・・・ウッ・・・」
急に胃液が込み上げ、八重は口を両手で押さえながら食堂を飛び出した。
そして廊下の隅に倒れこむ。
「ゲェッ・・・」
“八重様!!”と使用人達の声が遠くで聞こえる。
“八重!!”と光太郎の声が遠くで聞こえる。
嘔吐した苦しみだけとは考えられないほどの涙が溢れ、自分が言葉を吐いているのか、ただ嗚咽を上げているのかすらも分からない。
ただただ、冬の冷気が冷たく、誰かに身体を支えてもらっているのに温もりは一切感じられなかった。