【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
“貴方はただ、これから起こる事を悪夢だと思っていればいい”
赤葦、確かに貴方はそう言っていた。
でも私はあの出来事を“悪夢”だと無かったことにできない。
この身体は今でも痛むし、貴方への怒りと、裏切られた悲しみをどう処理していいのか分からないでいるのよ。
それなのに・・・
「八重様は昨晩、牛島家から戻られたあと体調が優れない様子でした。生憎、京香には外出を許可していたので、代わりに雪絵に御看病を命じました」
他人事のように言う、赤葦。
背筋を伸ばし、顎を少し引いて座る家令の姿はどこまでも上品だが、同時に人間味の無い無機質さを漂わせる。
「赤葦、なんでそれを今まで言わなかった!」
光太郎が珍しく怒ったような声を上げた。
少しだけ語尾強く、返答を求める。
「八重に何かあったらすぐに報告しろっていつも言っているだろ!」
「・・・大変申し訳ございません、以後気を付けます」
非は自分にあると認め陳謝した赤葦に、光太郎もそれ以上は強く言えなかったようだ。
それよりも今は八重の体調の方が心配だった。
しかし、これではただ八重が倒れただけで済まされてしまう。
「八重、どうしたんだ? 牛島家では元気そうだったのに」
「あ・・・あの・・・」
言わなければ。
自分が赤葦に何をされたのか。
なのに・・・なのに・・・
「八重?」
“貴方の留守中に、赤葦に犯されました”
その一言がどうしても言えなかった。
言えば、光太郎を酷く傷つけてしまうかもしれない。
いや、酷く怒り、牛島家に面目が立たないといって縁談を断りに行くかもしれない。
ああ・・・言え・・・ない・・・
「八重? 大丈夫か、何かあったんなら俺に話してくれ」
光太郎の心配そうな目が辛い。
昨晩、自分と赤葦の間で何があったかを知って苦しむのはこの人だ。
きっと、赤葦を止められなかった、八重を助けられなかった、そう言って傷つき自分を責めてしまうかもしれない。