【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
もちろん、考えていなかったわけではない。
光太郎と朝食を一緒に取るということは、赤葦とも必ず顔を合わせるということ。
「・・・・・・・・・・・・」
食堂へ続く廊下を歩きながら、八重は赤葦に昨日言われた言葉の一つ一つを思い出していた。
“恨むなら、貴光様の娘として生まれたご自分の運命を恨んでください”
木兎家に生まれたことを恨めというの?
使用人を統率し、時には当主の代理として家務を取り仕切る家令にあるまじき発言だ。
決して許せるものではない。
しかし、心の底から湧き出る感情は、怒りよりも悲しみの方が近かった。
“私を救えるのは貴方だけなのです”
赤葦はいったい何に苦しんでいるというの。
昨晩は恐怖で顔を見ることすらできなかったから、どのような表情であの言葉を言ったのか分からない。
あの暴力が自分への憎しみや蔑みではなく、もっと違った感情から来ているのだとしたら。
私は赤葦を許す事ができるのだろうか。
せめて、謝罪だけでも受け入れることができるのだろうか。
「八重様、本当に大丈夫でしょうか?」
足取りが重い八重を心配して京香が声をかけた。
「大丈夫。それに光太郎さんに朝のご挨拶をしなければ」
何より、あの明るい笑顔で、明るい声で、昨日の闇を全て晴らして欲しい。
そしてようやく食堂までくると、扉の前に控える使用人達が八重に気づいて頭を下げた。
その向こうからは光太郎の笑い声が聞こえてくる。
ああ・・・いる。
昨晩、その名前を何度も呼んで助けを求めた人が。
あの時、自分でも驚くほど光太郎の名しか思い浮かばなかった。
助けを求めるなら、闇路でも京香でも良かったというのに・・・
光太郎ばかりに縋ってしまった自分に少しだけ戸惑いつつドアを押し開けると、太陽と見紛うばかりの明るい笑顔がこちらに向けられた。
「お、やーっとお前も来たか!」
ああ・・・そうか。
単純に会いたかったんだ。
この全ての闇を晴らしてしまう、明るい明るい笑顔に。
「八重、おはよう!!」
焼き立てのパンを口に頬張り、大きな目をキラキラとさせながら大きな声で朝の挨拶を交わす。
いつもと変わらない、光太郎との日常がそこにあった。