【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
「服加減はいかがか」
八重が浮かない顔をしていたことを気にしたのだろうか。
茶室に入ってから初めて若利が口を開いた。
いくら茶道の心得がほとんどないとはいえ、失礼なことをしてしまったと八重は慌てて茶碗の飲み口を人差し指と親指で拭き、懐紙で清めてから茶碗を畳に置く。
「た、大変美味しゅうございました」
「・・・緊張していたようだが、茶の席は慣れていないのか?」
「お恥ずかしいことですが、これで三度目でございます。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
深々と頭を下げる八重だったが、若利はその様子を見て逆に表情を綻ばせた。
「気にすることはない。むしろ、三度目とは思えない所作だった」
武芸に優れ、学院でも主席で卒業しようかという男が、柔和な顔で微笑んでいる。
四畳半という狭い座敷のせいもあるのだろうか、若利という人間が一気に近くなったような気がした。
「八重、お前に恥じるところは何一つ無い」
木兎貴光の娘であることを誇るといい。
どれほど身分の高い人間であっても、低く首を垂れて入る茶室の中ではありのままの姿でいなければならない。
だから、その人間の本質というものが良く見えるものだ。
木兎八重が“相応しい女性”であることは明々白々。
「おそらく今頃、母が木兎に申し入れをしているだろう」
若利はそう言って、窓の向こうにの松に目を向けた。
「申し入れ・・・?」
“木兎伯爵にはお話があります。二人きりで、内密の話をしたいのだけどいいかしら?”
さっき牛島夫人が言っていた、内密の話のことか・・・?
舌先に残っていた抹茶の苦みも完全に忘れ、若利の言葉の続きを待った。
数秒が永遠にも感じられる緊張感の中、若利の静かで清らかな目が八重に向けられる。
「八重を俺の妻として牛島家に迎えるための正式な申し入れだ」
その瞬間。
八重は心臓が大きく高鳴りつつも、血液は急激に冷えていくような奇妙な感覚に陥っていた。