【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
「出過ぎたことを言って申し訳なかった」
その手の平を返したような態度に八重は腹が立ったが、それ以上に許せなかったのはこの男が木兎家よりも爵位が低い“子爵”だということ。
当然、爵位だけで立場の優劣は決まらないが、若くても伯爵の称号を持つ光太郎に対してそれなりの敬意を払うべきだろう。
八重はちらりと光太郎の顔を見上げたが、そこにはもう一切の怒りは無かった。
「許してくれるかな、光太郎君」
「もちろんです、“酒の勢い”ならば致し方が無い」
あの感情の起伏が激しい光太郎がもう怒りを鎮めている。
背筋を伸ばし、低俗な相手の言動に合わせないその様はまさに一流の紳士。
まるで在りし日の光臣そっくりな立ち振る舞いに、池田子爵は背筋に冷たいものが走った。
“木兎國光殿は素晴らしい御長男をお持ちで羨ましい限りですな”
同じ時期に社交界に顔を出すようになった光臣と彼の間には、家格だけではない差が常にあった。
いつも自信たっぷりに背筋を伸ばし、話題の中心にいた光臣に対し、肥満で痘痕顔の自分はいつも日陰の存在。
若くして爵位を継いだ光臣に対し、自分は四十を越えてようやく子爵となった。
そして今度はこの息子か。
「光臣殿は素晴らしい御長男をお持ちで羨ましい限りですな」
池田の父親がかつて國光にへつらいながら言った言葉を、二十年経った今、自分も口にすることになるとは。
悔しいという気持ちとともに湧き上がるのは、やはり木兎家に対する劣等感だった。
「それを聞いたら・・・きっと・・・父も喜ぶと思います」
しかし、光臣と血の繋がりがない光太郎にとっては、その褒め言葉すらも皮肉でしかない。
視線を曖昧に外すと、あきらめたような笑みを浮かべた。
「光太郎さ・・・」
繋いだままだった手から光太郎の動揺を感じ、慌てて八重が顔を上げたその時だった。