【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
「ところで、木兎伯爵が隠居なされてさぞ心細いことだろう」
口先だけでの気遣いに、それまで明るかった光太郎の顔がピクリと動く。
「光太郎君もまだ若い、両親を亡くされた八重嬢の将来だって不安ではないかね?」
「ご心配ありがとうございます。ですが、うちには優秀な家令と、先々代から尽くしてくれている執事がいます」
「とは言っても、赤葦だってまだ若いし、闇路といったかね、逆に彼はもう歳だ。木兎家が抱える旧領地の維持は君に負担でしかないだろう」
───ああ、そういうことか。
周りを見渡せば、高級な着物をまとってはいるが牛島侯爵になんとか取り入ろうとしている没落華族たちばかり。
そんな彼らにとって木兎家旧領地での事業は魅力的なのだろう。
「君さえ良ければ、私が光太郎君の後継人となってもいいんだがね」
「ありがたい申し出ではありますが、私一人で決めることではありませんので」
まるでハイエナのように木兎家の財産にたかろうとする華族達。
十八の若い伯爵からならば簡単にその富を横取りすることができると考えているのか。
新年なのになんと下衆な人間達だろうか・・・と八重は嫌悪感すら抱いたが、光太郎は変わらずニコニコとしている。
その態度にムッときたのか、男は意地の悪い顔で光太郎を睨みつけた。
「父親は優秀だったかもしれないが、五十にもならんうちに隠居してしまう脆弱者。お前なぞにいたっては学院の落ちこぼれと聞くじゃないか、それでどうやって田舎の領地一つ守るというのか」
もし光太郎の背の後ろにいなければ、八重はその男の脂肌に平手打ちを食らわせていただろう。
だが、震える八重の手をギュッと握り、怒りを抑えるよう無言で諭したのは光太郎自身だった。
「───ごもっともなお言葉ですが、せっかくの新年。無粋な話はやめにして、酒でも飲みながら祝いましょう」
金色に光る、猛禽類の目。
彼は獲物の血肉こそ喰らえど、自分の血肉は決して他人に喰わせない。
八重の手を握る光太郎の手はただただ力強く、若くても食物連鎖の頂点に立つ者の気高さがそこにあった。