【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
「若利様!」
やや紅みのある薄紫色の稽古着を纏っている若利は、八重の姿を見つけるや少しだけ顎を上げた。
「八重か。木兎の応援に来たのか?」
「はい、若利様から一本取ると張り切っていらっしゃったので、その勇姿を見るために」
「そうか」
厳しい顔つきは相変わらずだが、普段は真一文字に閉じられている口元が僅かに綻んでいる。
“できるものならばやってみろ”とでも言いたいのだろうか。
すると、若利と一緒に道場に入ってきた、真っ黒な稽古着を着た門下生が八重を見て目を丸くした。
「牛島、この方はもしや木兎が言っていた貴光殿の御令嬢か?」
「ああ、そうだ。木兎八重殿だ」
「そうか! 木兎が自慢していた通りの方だな」
髪を短く刈っているその男は、人の良さそうな笑顔を見せながら右手を差し出してきた。
「初めまして、俺は澤村大地と申します」
「木兎八重と申します」
握手をしてみて分かった。
身長は若利や光太郎、黒尾に比べると小さいが、がっしりとした筋肉と大きな手の平。
この人も真剣に剣道に取り組んでいるのだろう。
「この方は澤村男爵の御嫡男で、旦那様のご学友でもあります」
赤葦は澤村と八重が触れ合うことについてはなんの文句もないのか、淡々とした口調で澤村の紹介をしている。
そういえば、光太郎の口から何度かその名を聞いたことがあるから、親しい間柄なのだろう。
澤村男爵といえば東北の方の県令で、不毛な地の開拓を進める人徳者。
なるほど確かに、その息子である彼の顔には生真面目さと人の良さが滲み出ている。
そこへ、町娘たちから差し入れてもらった握り飯を食い終わった光太郎が、口元の米粒を舐めとりながらやってきた。
「おー、ウシワカに澤村! どうだ、八重は綺麗だろ!!」
「お前が自慢していた通りだって話していたところだ」
澤村がニコリと答えると、光太郎は誇らしげに“そうだろう!”と頷いた。
しかし、こうも背の高い美丈夫に囲まれると、八重と弧爪など完全に埋もれてしまう。
そしてやはり、弧爪の“天敵”もやってきてしまったようだ。