【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
すると光太郎は青ざめた顔で首を大きく横に振った。
「赤葦も八重も朝から意地悪だぞ! 俺は学問じゃなく武道を頑張るからいいの!」
どうやら本気で議員ではなく軍人になるつもりなのだろう。
しかし、“木兎家当主”として優秀な成績で学習院を卒業してもらわなければ世間体というものがある。
赤葦の顔色が変わったのを動物的勘で察知したのか、光太郎は慌てて話題を逸らした。
「ところで八重! 来週の稽古納めの日はお前も道場に来いよ!」
「私も、ですか?」
早いもので、気づけばもう年の瀬だ。
日本で初めて迎える“正月”というものに、八重は数日前から心弾ませている。
「最後の稽古は実戦形式でやるんだ。俺がウシワカや黒尾から華麗に一本取るのを見に来てよ」
「そうですね、若利様や黒尾さんに勝てるかどうかはともかく、光太郎さんが剣道をしている御姿は拝見したいです」
「ともかくってのはなんだよ、ともかくってのは! これでも俺、すごく強いんだからな」
グッと腕に力を込めれば、学生服の上からでも分かる力こぶ。
光太郎が日頃から鍛錬に励んでいる賜物だろう。
この情熱を少しでも学問の方に向けてもらえれば、もっといいのだが・・・
「赤葦も文句ねーよな?」
「私が止めても、旦那様は八重様を稽古へ連れていくのでしょう。ならば、止めるだけ無駄です」
至極面倒臭そうな顔を隠さない家令だが、光太郎はお構い無しだ。
“よし、決まり”と明るい笑顔を見せると、グラスの中の水をグッと飲み干す。
「それじゃ、俺は行ってくるわ。赤葦、馬車を玄関につけさせて」
「かしこまりました」
光太郎が席を立ったので八重も見送るために立ち上がろうとすると、光太郎自身がそれを止める。
「八重はこのまま飯を食ってていいよ。見送りは赤葦だけで大丈夫」
「は、はい。では行ってらっしゃいませ」
───何故だろう・・・気のせいか?
光太郎はいつもの笑顔だった。
しかし、ピリッとした空気を感じ、八重はダイニングルームを出ていく光太郎と赤葦の背中を見送ることしかできなかった。