【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
だが、そんな赤葦には一つの誤算があった。
それは、木兎家の“光”はその程度の闇に囚われるほど弱くはないということ。
「赤葦の危惧は分かったわ。何より、光太郎さんの出生の秘密が絶対に外に漏れていないという確証もないしね」
日美子が子を宿していると分かった時、光臣はすぐに妊娠の経緯についての緘口令を敷いた。
そのおかげで、この木兎家の中でも光太郎が光臣の実子ではないと知る者は少ない。
ましてや外部の人間は疑うことすらしていないだろう。
しかし、些細なところから秘密が漏れてしまうこともある。
「───ありがとう、赤葦」
その瞬間、赤葦の瞳が大きく開いた。
礼・・・?
今、八重様は何と言った・・・?
「貴方のおかげで少し冷静になれた」
月明りを背にする木兎家の令嬢は、花が綻んでいくように口元に笑みを浮かべていた。
───この人は、なんて優しく綺麗な顔で微笑むのだろうか。
赤葦の背中に、一滴の冷たい汗が流れる。
「“名”か、“血”か、その両方か・・・どうすれば本当の意味で木兎家を守ることができるのか。それを考えなければならないと教えてくれて、ありがとう」
八重は一点の曇りもなく、赤葦に感謝をしていた。
「八重様・・・」
違う・・・
そんな清らかな想いで言ったことではないのに。
「きっと光太郎さんもその答えが出るまで待ってくれるはず。貴方がいなかったら、考え無しのまま光太郎さんと結婚することを選んでいたかもしれない・・・だから、ありがとう」
赤葦は雷にでも打たれたような気分だった。
自分の闇はもう少しで八重を飲み込むところだったはず。
しかし、あの清らかな月明りに守られるかのように、八重の瞳はまだ澄んだままだ。
「貴方は・・・八重様は・・・本当に光太郎さんに似ていらっしゃる・・・」
それはほとんど無意識に出た言葉だった。
賛辞とも悲観ともとれるそれを口にした赤葦。
まるで椅子に縛り付けられたか、暗い戸棚の中に閉じ込められたかした子どものように、八重の微笑みの前で震えることしかできなかった。