【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
記憶を遡る時、心温まる優しい思い出の中にはいつも京香がいた。
“京治、泣かないで。私がそばにいるわ”
赤葦の父はとても厳しい人だった。
息子を将来の木兎家の家令にすべく、どの子どもよりも優秀であることを赤葦に課した。
食事の際に大きく音を立てたら椅子に数時間縛り付ける。
客人の前で粗相をすれば小さな戸棚に閉じ込める。
そして、繰り返しこう言うのだ。
“お前は木兎家のために生まれた。爪の先から髪の毛一本、精液の一滴まで木兎家のものだ”
だから、全てにおいて優れていなければならない。
精液というものが何か分からないほど幼かった頃から、赤葦の父親は厳しく言ってきかせていた。
母親も心の拠り所となるどころか父親の言いなりになるばかりで、赤葦とは腫物に触るように接する。
そんな息がつまりそうな家で、三つ年上の京香の存在は赤葦にとって慰みだった。
「姉さん・・・」
椅子に縛り付ける細縄を解いてくれた京香。
暗い戸棚の扉を開けてくれた京香。
泣きじゃくる自分の手を握ってくれる姉はとても優しかった。
京香はこの世界でたった一人・・・
「俺を愛してくれる人・・・」
だから、姉を幸せにするためならば、どんな犠牲も厭わない。
廊下の壁にもたれかかり、目を閉じていた赤葦が静かに瞼を上げた、その時だった。
「───赤葦、八重様の寝支度が終わった」
目の前の扉が開くとともに、雪絵が出てくる。
「ありがとうございます。それでは雪絵さん達はもう下がってください」
「・・・八重様はお疲れの様子だから、あまり無理をさせては駄目だよ」
「約束の饅頭と羊羹は明日用意させます」
余計な詮索は一切させるつもりがないのだろう。
必要以上の会話を避けるように入れ替わりに寝室の中へ入っていく赤葦の背中を、雪絵はただ見送ることしかできなかった。