【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
すると赤葦は八重から目を逸らし、光が届かない天井の隅を見た。
「監視・・・? 人聞きの悪いことを仰りますね」
貴方は旦那様を裏切ることは絶対にしない。
貴光様から受け継いだ木兎の血がそれを許さない。
だから、“厄介”なんですよ。
「ただ心配なだけです。この二日間、八重様にとって辛い話ばかりをお聞かせしてしまったので」
ああ、どうすれば心の底に溜まるドス黒い靄を抑えつけていられるだろう。
もともと表情の乏しい性質で本当に良かった。
八重にジッと顔を見つめられても、心の中までは悟られないはずだ。
「・・・分かったわ、支度が済むまで廊下で待っていて」
「ありがとうございます」
八重は納得していない様子だったが、赤葦を疑うつもりも、拒むつもりもないようだった。
先に洗面器を持った家政婦とともに部屋に入ってしまうと、それまで静かに成り行きを見ていた雪絵が赤葦に詰め寄る。
「・・・本当に大丈夫なの?」
いつになく険しい顔をしているのは、この家の使用人の中では誰よりも赤葦という人間を知っているからだ。
それに、弟のように思っているからこそ、確かめておかなければならないことがある。
「まさか京香さんにしていることを、八重様にもしようとしているわけじゃないよね?」
もしそうならば止めなければならない。
木兎家の家政婦として・・・そして何より、赤葦自身のために。
「京香さんだけでなく、八重様まで傷つけるつもりなの?」
「まさか」
不安げな雪絵とは対照的に、赤葦の口元には薄い笑みが浮かんでいた。
やんわりと背中を押して八重の寝室に入るよう促すと、ドアを閉めながら雪絵にだけ聞こえるよう小さな声で囁く。
「俺はただ、姉さんに幸せになってもらいたいだけです───どんな“形”でも、ね」
だから傷つけることも已む無し。
苦しみの代償として幸せを得るなら、愛する姉さんを闇に繋ぎとめもしよう。
「八重様を頼みます、雪絵さん」
そう言って赤葦は、重い扉を静かに閉めた。