【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
同時刻。
赤葦は台所近くにある女中部屋を尋ねていた。
「雪絵さんはいますか?」
「赤葦様?!」
まさか九時を回ってから家令がここに現れると思っていなかったのだろう。
慌てて髪と着物を直す下女達の向こうから、白福雪絵が目を丸くしながらひょっこりと顔を出した。
「どうしたの、こんな時間に」
「八重様の寝支度を手伝ってもらえませんか」
「別に構わないけれど・・・京香さんはー?」
「姉にはもう休んでもらっています」
雪絵は“ふうん”と頷きながら赤葦を見た。
赤葦より一つ年上の彼女は普段、京香の補佐役としてこの屋敷の家事を行っている。
光太郎とも幼馴染のような間柄で、赤葦にとっては頼りになる存在だった。
だからこそ、だろう。
「赤葦、何を考えているの?」
口調や外見こそおっとりとしている雪絵だが、若くして木兎家の女中を勤めているだけあって機転が利く。
特に子どもの頃から知る赤葦の様子がいつもと違うことなど、顔を見ればすぐに分かった。
「別に、なにも。塩瀬の饅頭で手を打ってはもらえませんか」
「・・・・・・・・・・・・」
赤葦が理由を語らず、食べ物で雪絵を釣ろうとしている時は深入りしてはいけない。
そもそも、深入りなどさせてもらえないことを知っている。
雪絵は小さく溜息を吐いた。
「羊羹もつけてねー」
「ありがとうございます」
いくら九時といえど、八重が起きているのに京香が先に休むとは考えられない。
ある一つの“理由”を覗けば・・・
「あのさ、赤葦」
───昨日、黒尾君が来ていたこととは関係がないのよね?
「・・・何ですか?」
「ううん、何でもない」
雪絵はこの場で黒尾の名前を出すことがどうしてもできなかった。
他の女中達は気づいていないようだが、赤葦は今、氷のような目をしている。
それは“冷めた目”ではなく、“冷たい目”。
「お湯を沸かすからちょっと待ってて」
その恐ろしさを知っている雪絵だからこそ、今は赤葦の要求に従うことしかできなかった。