【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
八重が牛島邸から帰宅したのは、日が落ちてから随分と経った頃だった。
服を着替えるために部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、前から見覚えのある男が歩いてくる。
「こんばんわ、八重ちゃん」
「貴方は・・・」
気さくに手を上げて挨拶してきたのは、以前、夜会で会った黒尾。
何故こんな時間に屋敷にいるのだろう・・・と首を傾げていると、黒尾は含みのある笑顔で肩をすくめた。
「木兎の稽古に遅くまで付き合っていた礼ということで、晩飯をご馳走になっていたんだ。今、馬車を呼んでもらってる」
初めて会った時は燕尾服姿だったせいか、黒尾の学生服姿には少々違和感を覚える。
それは多分、年齢よりも大人びた印象を他人に与えているせいだろう。
「それより八重ちゃん、今日はウシワカの屋敷に行っていたんだって?」
「はい、牛島夫人が主催した花会に参加させていただきました」
「ふぅん・・・」
黒尾の三白眼気味の目には、どうも居心地の悪さを感じる。
本人にそのつもりは無いのかもしれないが、虎視眈々と何かを狙っているような薄気味悪さがあった。
「あの、光太郎さんは・・・?」
「あいつなら食い過ぎたって言ってぶっ倒れてる。いつものことだろ?」
「はぁ・・・稽古のあとは特に」
八重はさりげなく辺りを見回したが、使用人の姿がない。
どうしてこの男と話す時はいつも、閉め切った部屋にいるわけでもないのに二人きりになってしまうのだろう。
「で、ウシワカには会った?」
「はい、とても実直な方のように思いました」
「なるほどね」
華族ではないが、黒尾にとっても若利は学友。
しかしそれが今の質問の理由ではなかったようだ。
「でもまさか、ウシワカに一目惚れしたわけじゃねェよな?」
「・・・は?」
「それだけは木兎が絶対に許さないだろ」
───この男はいったい・・・何を言っているんだろう?
その言葉の意図が分からず、八重は不躾にも黒尾の顔を見つめたまま動くことができなくなっていた。