【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
京都の庭師を呼んで造らせたという牛島家の庭園は、三尊石が佇む静かで趣のある庭だった。
“四方正面”と謳われるのも納得だ。
どこから見ても美しく、今の季節は楓の深い赤が岩の上に生す苔の緑と調和し、ここが東京ではなく京の古都なのではと錯覚してしまうほど情緒を感じさせる。
しかし、いずれこの屋敷の主となるはずの若利には、その価値がよく分かっていないようだった。
「すまないが、庭を案内すると言っても特に説明できることはない」
「え?」
「俺に分かることといえば、あの楓の葉がもうすぐ落ちてしまうということぐらいだ」
自分の家なのだから、いくらでも取り繕えたはず。
それでも植物や自然に関して無知であることを隠さない若利が意外で、八重は少しずつ緊張が解れていくのを覚えた。
「若利様は光太郎さんとご学友だそうですね」
「ああ。特に親しいわけではないが、剣の腕は認めている」
「若利様も剣術の腕前は相当のものだと、光太郎さんが仰っておりました」
「・・・そうか」
光太郎も自分のことを認めていると知って嬉しかったのか、若利の表情が僅かに綻んだ。
“ウシワカは気に入らない”と散々の言われようだったから、どのような人柄かと思えば、若利は予想よりも遥かに素直な性格らしい。
きっとあれは光太郎なりの対抗心の表れだったのだろう。
「木兎は騒がしく俺とは馬が合わない男だが、あの歳で爵位を継いだことには敬意を持っている」
秋風が薄紫色に染められた若利の袴を揺らす。
「それにあいつぐらいのものだからな。剣道で簡単に勝たせてもらえない相手というのは」
もしここに光太郎がいたら、きっとこう叫んでいただろう。
“はぁ?! なんで、ちょっと自分が本気だせば勝てる・・・みたいなノリで話してんの?! お前には絶対に負けねーよ、ウシワカ!!”
いつか・・・この二人が手合わせするのを見てみたい。
最初は参加することに気乗りしなかった菊合だが、この人のことを知ることができたというだけでも、来て良かったと思える。
華族は悪い人ばかりではない、ということだ。