【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
菊花を出し合い、その優劣を競う菊合。
秋も深まったその日、菊を使った風流な遊びに興じるため、社交界の貴婦人らは牛島邸に集っていた。
「よく来てくださったわね、八重さん」
「定子様、本日は御招きありがとうございます」
定子は八重が纏っている薄紫色の着物を見て目を細めた。
先の舞踏会では華やかなドレスを纏っていたが、やはりそこは貴光の娘。
寂しげな秋の風景を彩る菊の花が織り込まれた着物は、八重の奥ゆかしさと華やかさを際立たせるようだった。
「本当に素敵な御着物。貴方に良く似合っているわ」
「・・・ありがとうございます」
「今日は楽しんでいってね」
「はい」
牛島夫人は舞踏会での一件で、八重が心を痛めていたことに気づいていない。
しかしもう一つ、気づいていないことがあった。
牛島夫人が褒めたその着物こそ、日美子の形見だということに。
“新しい着物は作らなくていいだと? そんなわけにはいかないだろ”
“大丈夫です、光太郎さん。京香さんが数枚残してくれていた日美子様の御形見の着物を着ていきます”
存命ならば、今日この場にいたのは八重でなく日美子だ。
光太郎のように屈託なく笑う彼女ならばきっと、社交界の醜い嫉妬すらもその明るい笑顔で掻き消してしまっただろう。
「私にお力を貸してください、日美子様・・・」
木兎家の名誉を守るのは私の使命。
光太郎さんだけでなく、光臣様や日美子様、ご先祖の方々の恥になるようなことは絶対にしない。
───八重のこの小さくて可愛い体には、お姫様の血が流れているんだよ。
貴光の言葉にはそういう願いが込められていたんだと思う。
木兎家を守らなければならない、と。
八重に生け花の心得があるわけではない。
それでも菊合に参加したのは、ただその一心だった。