【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
しかし、どのような強い光にも、かならず影は伴う。
八重と京香が部屋に戻ったあとも、光太郎と赤葦はそのまま書斎に残っていた。
「───赤葦」
一度書いた手紙を丸めて捨てようとしていた家令が、主人の低い声にその動きを止める。
「お前、八重に何か言ったのか?」
光太郎は机に腰かけたまま、暗い夜空を背に赤葦を見つめていた。
金色に光る瞳は夜行性の猛禽類のよう。
・・・ああ、駄目だ。
こういう時の光太郎に隠し事は通用しない。
「・・・はい。二度と木兎家のためにならない決断をしないで下さいとお願いしました」
「ふーん・・・」
光太郎は僅かに眉をひそめた。
「・・・出過ぎた真似をして申し訳ございません」
赤葦が深く頭を下げると、光太郎は溜息を一つ吐いた。
「お前も八重も、謝り過ぎだって。むしろ謝らなきゃならねーのは俺だし」
光太郎が苛立っているのは、赤葦のせいではない、
ガリガリと後ろ頭を掻きながら、もう一度溜息を吐いた。
「お前はとっくに気づいてるだろうけど、俺は八重に酷いことをしてる」
「・・・・・・・・・・・・」
「京香は俺と違って、八重のことを本当に大事にしてるよ」
牛島夫人の招待を辞退したいと悩む八重に京香は言った。
“望み通りにすべき”と。
「でも俺が八重に言ったのは、“決めた通りにしろ”とだけ。あいつが本当は何を望んでいようが関係ない」
八重は近い将来、自分の望みとは正反対の決断を強いられることになる。
その時、八重を本当に守ろうとするのは京香だけだろう。
光太郎は八重を尊重しているようでいて、その実、自由を奪っている。
「こんなことをしていたら・・・ウシワカに八重を取られちゃうかな」
差し込む月明りの下で、光太郎は力なく笑った。
「けどさぁ・・・それでも俺は八重が泣くのを見たくねーんだよ」
誰もいない場所で本心を吐露する主人に、赤葦は苦しげに眉根を寄せた。