【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
二人だけの呼吸音が響く部屋。
壁一枚隔てた向こうに次の間があり、そこで京香が控えている。
少し声を上げれば届くはず。
しかし、八重は赤葦を前に全身が硬直していた。
「面白いことに、高貴な御婦人ほど愛人を持ちたがるもの。それが若ければ若いほど、美しければ美しいほどいい」
はだけた赤葦の胸元に、赤い痣があるのが見えて八重は慌てて顔を逸らした。
昨晩、この男がどこで何をしていたのか、もうその先の言葉を聞かずとも分かる。
「もちろん、光太郎様をそのような方々の嗜好に付き合わせるわけにはいきません」
これだけ整った顔をしていれば、彼に焦がれる婦人は少なくないはず。
色気というよりもはや扇情的な空気を漂わせる赤葦は、顔を背ける八重の頬を左手で包み、真っ直ぐと自分の方に向けさせる。
「幸いなことに、私と関係を持ちたいという方は各階級にいらっしゃいます」
木兎家を守るためなら、喜んで彼らの肉欲を利用しよう。
「私に抱かれたいという権力者が居れば抱くし、私を抱きたいという権力者がいれば抱かれもします。それが女性であろうと、男性であろうと───」
この身体の全ては木兎家のためにあるのだから。
「こんな私を、八重様は軽蔑しますか?」
八重は吐き気を催していた。
赤葦に対する軽蔑? 嫌悪?
分からない。
分からないけれど・・・
吐き気がするほど、酷く悲しい気持ちになっていた。
「赤葦・・・貴方は最初からそうだったわけではないでしょう?」
誰かとの情事の痕を色濃く残して・・・
むせ返るほど性の匂いをさせて・・・
貴方の後ろに広がる闇は、いったいどれだけの苦痛と悲しみを覆い隠しているのだろうか。
「いつから・・・そんなことをするようになったの・・・?」
光太郎が知っているかどうかなど問題じゃない。
これは赤葦が自ら選んでやっていることなのだから。
赤葦は数秒ほど沈黙したのち、ゆっくりと口を開いた。