第1章 【ビターチョコ】菊丸英二/夢主
「店長さん、こんちには・・・もうこんばんは、かな?」
どうしても菊丸くんに声をかけることが出来なくて、その背中が見えなくなってもずっと動けなくて、ただ呆然と立ち尽くして・・・
でも、いつまでもそうしていても仕方がないから、何とか気持ちを立て直して歩き出した。
辿り着いたのはペットショップ。
いらっしゃい、そういつものように出迎えてくれた店長さんに、はい、これ、店長さんに、そう言って用意してきたチョコレートをカウンターに置いた。
「・・・それから、これも貰ってもらえますか?」
もうひとつ、カバンから取り出したのは菊丸くんに渡せなかった紙袋・・・
タオルはそのままにして、チョコの箱だけ取り出しその隣に並べる。
「・・・これって、もしかして・・・ネコ丸くんの彼にあげるはずの・・・」
「はい、そうなんですけど、渡せなくて・・・持って帰っても辛くなるので・・・」
打ち明けたら涙がこぼれてきた。
別に振られたんじゃないし、告白したかったわけでもないんだから、何も泣くことなんてないのに・・・
でも、菊丸くんを安心させてあげたかったのに、そうしてあげることが出来なくて・・・
ダメ、泣いたら店長さんが困っちゃう、慌てて笑ったら、泣き笑いで変な顔になった。
ごめんね、僕が余計なことを言ったからだよね、そう店長さんが申し訳なさそうに謝るから、違うんです、私に勇気がなかったんです・・・、そう慌ててそれを否定した。
「いいんです、もともと伝えるつもりは無いんですし・・・ただ、ちょっとバレンタインの甘い雰囲気に、流されちゃっただけで・・・」
でも、ちょっとだけ、ビターなバレンタインになっちゃったな・・・
そっと涙を指で拭って店内に目を向ける。
目に飛び込んできたのは大きなアロワナの水槽・・・
薄暗い水槽に浮かび上がる神秘的なその魚は、何故か私の心を慰め、落ち着かせてくれるような気がした。