第1章 【ビターチョコ】菊丸英二/夢主
「英二!、はい、バレンタインのチョコ!」
「・・・今頃ー?、これって明らかにあまりもんじゃ無いのー?」
「何言ってんの!本命よ、本命!、お返し、高級スイーツ期待してるから〜!」
「なんだとー?、それってぼったくりじゃん!」
どのくらいそうしていただろうか・・・
後ろから聞こえた菊丸くんの声にハッとして振り返る。
目に飛び込んできたのは、仲良さそうな女の子からチョコを受け取る菊丸くんの笑顔。
会話の内容から義理チョコなのは明らかだけれど、それでもあんなに気軽に渡せる様子を羨ましく思ってしまう。
じゃーねー、そう軽く手を挙げて別方向に歩き出す二人。
見つかっちゃう!、そうハッとして慌てて俯いて、校門に身を隠す。
・・・って、隠れてる場合じゃないじゃない!
菊丸くん、今、一人っきりだし、絶好のチャンスじゃない!
何のために今まで寒い中、待っていたの!?
菊丸くんがこちらに向かって歩いてくる・・・
近づいてくる距離に比例して、バクバクと激しさを増していく胸の鼓動・・・
まるで、身体全体が心臓になってしまったみたい・・・
声をかけなくちゃ・・・!
無理ならせめて紙袋だけでも、渡さなくちゃ・・・!
早く!、早く!、早く・・・!!
目の前に菊丸くんが差し掛かる。
その瞬間、ビクッと微かに肩が震えた。
早くしなきゃ、行っちゃう、通り過ぎちゃう、そう必死に自分に言い聞かせるんだけど、そう思えば思うほど、全く身体はいうことを聞いてくれなくて・・・
声をかけるどころか、指先一本動かせず、息をすることすらできず、ただ黙って俯くことしか出来なかった・・・