第1章 【ビターチョコ】菊丸英二/夢主
「・・・璃音、あなた、いったいクッキーに何を入れたの・・・?」
爆発したオーブンを掃除しながら、ため息混じりにお母さんが呟く。
レシピ通りのはずなんだけど・・・、そう小さくなりながら答えると、レシピ通りに作ってクッキーが爆発したって話は、今まで聞いたことがないわねぇ・・・、なんて今度は苦笑いされる。
全く、何が【不器用さんでも失敗しないレシピ】よ・・・
これ以上にない大失敗じゃない。
生焼けだとか、黒焦げたとか、そんなよくあるレベルじゃない。
まさか、オーブンの中で木っ端微塵になるなんて・・・
それって、私が不器用以上の不器用・・・
つまり、究極の不器用ってこと・・・?
「璃音、お母さんね、市販品でもじゅうぶん愛情は伝わると思うわ。」
うん、そうしとく、そう言って今日一番の大きなため息をついた。
はーっと大きく息を吐いて、何度も深呼吸する。
今日はいよいよバレンタイン当日で、つまりは菊丸くんにネコ丸のタオルを返して、ついでにチョコを渡す日で、昨夜は緊張して眠れなくて・・・
手作りのチョコクッキーは爆発しちゃったから、結局、市販のチョコを購入した。
ネコ丸のタオルも綺麗に洗い直して、可愛い紙袋に入れると、それと一緒にチョコの箱も入れて封をする。
名乗る勇気はないから、メッセージカードは入れられないけれど・・・
でも、これでネコ丸は幸せに暮らしてるってことだけは、菊丸くんに伝えられるよね・・・?
うん、大丈夫、ネコ丸の無事を伝えるだけだから・・・
別に告白するわけじゃないし、私だって分からないように、こっそり机に置いてくるだけだから・・・
大丈夫、大丈夫・・・
そう何度も自分に言い聞かせて、ソワソワする胸を抑えながら、いつもよりずっと早い時間に家を出る。
頑張ってね!、そう玄関で応援してくれるお母さんに、だから、そんなんじゃないったら・・・、そう苦笑いで返事をした。