第1章 上
病院で薬をもらって、カラ松のマンションに帰ってきたのは、家を出てから二時間ほど経ってからだった。
「さぁ、部屋に戻ろう」
助手席のドアを開けて、笑顔で覗き込んでくるカラ松の顔を見上げた瞬間、ドクンと胸が縮むような気がした。
ドッドッと、動悸がする。
今、カラ松の身体を押しのけて、走って、大声を出せば、私はまた外の世界に戻れるかもしれない。駐車場は地下にあるが、車のすぐ横には地上へとつながる階段があるし、都会のマンションだから地上に出れば人が大勢いる。
「どうした?足が痛むのなら、部屋までおぶって行ってやろう」
カラ松の大きな手が伸びてくる。この手を払いのけるなら、今しかない。
なのに、
「お姫様抱っこがいいです」
私の手は、あろうことかカラ松の手を取ってしまった。そしてそのまま、すり、と大きな手に頬をすり寄せた。もうほとんど、無意識だ。
私の中で渦巻いている感情に気づいてもいない様子のカラ松は、心底嬉しそうに、太陽の様な笑顔を浮かべると、少しだけカサつく指先で私の頬を撫ぜた。
「仕方のないハニーだな。おいで」
よっこらせ、と抱き上げられた時、ふと地下駐車場の入口から差し込む陽の光が目に入った。
キラリと光る黄金色の光の筋。
さようなら、外の世界。
私は心の中で小さく手を振った。
カラ松は頭がおかしい。そして、そんな彼を受け入れてしまった私も、きっとおかしいのだろう。