第3章 下
カラ松の腕の中に収まった私は、ほんの少しだけその余韻に浸った後、ゆっくりと身体を離した。
目の前にカラ松がいる。
離れていたのはたった一週間だというのに、本当に久しぶりに会ったような気がした。
(元気にしていましたか、ご飯はちゃんと食べていますか)
そんな言葉が、つい口をついて出そうになるが、今はまどろっこしい言葉はいらない。
私は今、思っていることを全部言うんだ。
「なぜ私を攫ったのですか」
私の問いは、どうしてこういつも唐突なのだろう。いつだったか聞いた時と同じような聞き方である。
本当に芸がないと自分でも思うのだが、とっさの時にはついこんな風になってしまう。
一方、問われたカラ松はというと、いつも自信満々で余裕たっぷりの表情が、叱られた子どものように色を失って、太く男らしい眉毛がへなりと垂れ下がっていた。
こんなに弱々しい彼を見たのは、出会ってから初めての事だ。
だけど私は構うことなく話し続ける。
一松弁護士から聞いて以来、ずっと考えていたカラ松の行動。
なぜ退職願ではなく休職願にしたのか、なぜアパートの契約を続け、いつでも私が帰ってこられるようにメンテナンスをしていたのか。
カラ松が私の事を思ってしてくれた行為には違いないのだが、その理由を教えて欲しかった。
分からないから、それゆえに苛立ちが混じってしまう。
こんな言い方をしたい訳じゃないのに、つい言葉にトゲが出た。
「いつかは、私のことを手放すつもりでいたんですか?」
「違う」
私の言葉を遮るようにしてカラ松が言った。
いつだって、私の言いたいことを全て聞いてから自分の意見を話し始めるカラ松が、このような話し方をしたのは初めてだ。
ふるふると顔を横に振り、カラ松は少しだけ震えているような声で話し始めた。