第3章 下
向かう先はカラ松の事務所だ。
ただの一度しか行ったことはなかったけれど、場所ははっきりと覚えている。
あの日一松に保護された時、混乱状態の中で私には帰巣本能とでも言うべき感情が湧き上がって、必死に周囲の住所表示に目を走らせて、自身のいる場所を突き止めていたのだった。
少しずつ肌寒くなってきた風が頬に当たる。だけど、走り続ける私の熱い頬は少しも冷えなかった。
「私と貴方の関係は何なのか」
そう尋ねた時、私が涙を流したのはなぜだったのか。
その答えなど、とっくに出ていたのだ。だけど色んな感情がモヤのようにかかって、見えなくなってしまっていた。
ぼんやりとしたシルエットしか分からないからといって、私は目を逸らし、答えを出すのを先延ばしにしていたのだ。
私はカラ松のことが好きだ。愛している。だから、彼の隣にいることを許してもらえる名前が欲しかった。
今私は、はっきりと自分の気持ちを理解した。私は、カラ松の「恋人」になりたかったんだ!
何となくは分かっていたのに、どうしても認められなかったのは、そこに至るまでの状況が特殊だったせいで、自分の思考が完全に正常だと言い切る自信がなかったから。
それに、私が一人の生活に戻るのを見越したかのようなカラ松の行動を知って、いつかは私から離れていってしまうつもりでいたのかと、どうしようもない悲しみを感じてしまったから。
でもきっと、カラ松はそんなつもりでやったんじゃない。
理由は分からないけれど、あの優しい彼が、私の事を想わないで行動する訳がない。
そんなこと、一緒に暮らした約一年間でよく分かっていたはずじゃないか。