第3章 下
「君の心が癒えるのを、隣で支えたいんだ」
真剣な表情で言われたそのセリフは、自己評価の低い私にとって、おそらく一生言われることのないであろうワードランキングの上位に入っているものであった。
それをこの一年の間に二回も言われるなんて、私の人生は一体どうしてしまったのだろう。死期が近いのだろうか。
だけどそんなふざけた思考も、頭をよぎったのはほんの一瞬だけ。
私の頭を、胸を、今にも張り裂かんばかりにいっぱいにしたのは、穏やかに笑うカラ松の笑顔だった。
『貴女のことを初めてお見かけした時から、ずっと気になっていたんです。僕とお付き合いしていただけませんか』
あの日のカラ松のセリフが、まるで今目の前で言われたかのように聞こえた気がした。
一緒に暮らした一年間でカラ松がくれた言葉、表情、仕草…。それらが走馬灯のように一気に私の中を駆け巡った。
自身の手に重なる、中村くんの手。大きくて、優しくて、温かい手。
でも違う。違う、違う。
(私が本当に欲しいのは)
ガタンッと、大きめのソファが後ろにずれるほどの勢いで、私は立ち上がった。
その拍子に、重ねられていた彼の手が払いのけられる。
「ごめんなさいっ」
勢いよく頭を下げてから、私は出口に向かって走り出した。
後ろで彼が何か言っているのが聞こえたけれど、振り返らなかった。
店を飛び出すと、私はそのまま走り続けた。