第3章 下
カラ松を訴える?
裁判をしている姿を見たことはないが、普段の様子から想像するに、きっと法廷でもハツラツとした笑顔を振りまきながら弁護をしているに違いない。
その彼が、普段座っている弁護士席ではなく被告人席に座る。
いつもスマートに着こなしているブランド物のスーツではなく、シワの寄った無名ブランドの安い白シャツを着て、少し痩せた肩をがっくりと落として裁判長の前に座るカラ松の姿を想像したら、思わず涙が出そうになった。
今すぐ駆け寄って、抱きしめてやりたいと思った。
そんなセンチメンタルな波に飲まれたせいだろう。私は解放されてからずっと胸の奥に隠していた本心を、ついうっかり漏らしてしまった。
「でも…あそこで生活することを選んだのは、私自身だから。確かに行動の制限はあったけど、それも最初のうちだけで…。酷いことなんて一度もされなかったよ。あの人は、とても優しかった」
そう言った私の、叱られた子どもみたいな顔が、彼の大きな瞳の中に映りこんでいるのが見えた。
テーブルの上に置かれた私の手に、そっと、彼の手が重なってくる。血管の浮いた、男らしい大きな手から伝わってくる温もり。
「君はあまりにも過酷な状況に置かれていたから、そうせざるを得なかったんだ。だけど自分を責めることはない。君が無用に抵抗しなかったから、こうして無事に帰ってくることができたんだ。君は賢い選択をしたんだよ」
何かの本で読んだことがある。あれはセラピー関係の本だったか。それともただの小説だったか。
「傷ついた相手には、まず否定ではなく全面的に肯定してあげなさい。その行動の是非を問うことはしないで、ただ包み込むようにして受け入れてあげなさい」。そうすることで、その人の心の傷は癒えていくものなのだ、と。