第3章 下
そんな事をぼんやりと考えていたせいか、中村くんの話をあまり聞いていなかった。
どこでどうしてそんな流れになったのか、いつの間にか中村くんは拳を握りしめて、初めて見せるような険しい表情をして言った。
「女性を誘拐して監禁するなんて、本当に信じがたい卑劣な行為だ。絶対に許すことはできない」
どん、と彼がテーブルを叩く。
周囲の客が「何事だろう」と、好奇の目でチラチラと見てくるのに気がついて、彼は少しだけ声のトーンを落とし、深呼吸をした。
「とにかく、あいつの事をこのままにしておいちゃダメだ。これほどの事をしでかしながら、弁護士という仕事を続けるなんて、絶対に許しちゃいけない。訴えたほうがいい!」
彼がここまで興奮するところは初めて見た。
決して彼を悪く言うつもりはないのだが、普段の彼はそれこそ観葉植物のように穏やかで物静かで、マイナスイオンを放出しているような草食系男子だったから、彼が見せた新たな一面には正直驚いた。
訴えたほうがいい、という彼の言葉に、ギシッと私の身体は石化したようにこわばる。
「一松先生なら力になってくれるはずだよ。もちろん僕も手伝うから。君を傷つけた当然の報いを受けさせるんだ」
次第にまた興奮してきた彼を、私は怖いと思った。
愚かな私。
彼はただの同僚である私のためにですら、ここまで親身になって怒ることのできる素晴らしい人間だ。
全てにおいて私の方が間違っているなんてことは、自分で分かっている。
その上でなお私は、
(放っておいて欲しい)
と、そう思ったのだ。