第3章 下
駅前に到着すると、コーヒーショップの前で手を振る中村くんの姿が目に入った。
彼と肩を並べて、有名すぎるチェーン店の自動ドアをくぐると、比較的混んでいるにも関わらず窓際のソファ席が奇跡的に空いていて、私は「やったぁ!」と小さくガッツポーズを取ってから、バフンとソファに腰掛けた。
そんな私の様子を意外そうな顔で見ていた中村くんだったが、すぐに年上の余裕とも言うべき穏やかな笑顔を浮かべて、正面のソファに腰掛けてきた。
「良かった。元気そうで」
誠実さがにじみ出てくるような笑顔で見つめられて、私は心の中でバック宙土下座をしたい気分だった。
ごめんなさい、私は何も辛い思いなんかしていないから元気なんです。それどころか、監禁生活中に私は前よりずっと明るくなりました。きっと以前の私だったら「ラッキー」と心の中で思うだけで、まるで幽霊のように忍びやかにソファに腰を沈めるだけだったでしょう。
購入したほうじ茶を、手の中で温めながら少しずつすする。
こんな店に入っておきながらアレだが、私はラテだのカプチーノだのという甘い飲み物が苦手である。甘いなら甘いで、突き抜けているくらいじゃないとダメなのだ。
同じような理屈で、プリンやゼリーも苦手だ。柔らかいのか硬いのかはっきりして欲しい。
ちなみにマッ〇スコーヒーなんかは、唯一飲める。成分表示の先頭に加糖練乳が表記されるあの暴力的なまでに甘い液体。あれは神の飲み物である。
「体調はどう?食事はきちんと摂れているの?」
カラ松の声に少しだけ似た、低く落ち着いた声。今更ながら思うけれど、結構なイケボだと思う。職場で話していた時には、そんなこと思うこともなかったのに。
あの頃の私は自分自身にも興味が無かったから、中村くんと対面していてもただ「会話をする」という事象として捉えるだけで、そこに何の感情も持ち合わせていなかった。
カラ松と生活をしてその様々な表情を見せてもらったおかげで、私はまるで学習型ロボットのように色々な感情を覚えていった。
本当に、私の中にはカラ松との思い出ばっかり。
ぽっかりと空洞のようになっていた私の心に、彼はキレイな感情を惜しみなく注ぎ込んでくれた。