第1章 上
「じゃあ、行ってくるよ」
見送りのために玄関までついて行ったところで、優しく抱きしめられ、軽く唇に触れるだけのキスをされた。この部屋に連れてこられ、初めてカラ松のことを受け入れてからというもの、いつもこの感じだ。
まるで恋人のような仕草でサラリと私の髪を撫でて、名残惜しそうな表情を浮かべてから、カラ松は玄関の扉に手をかけた。
だが、去り際の投げキッスも忘れない。
飛んできたハート型の物体を私が片手で軽く払い落とすと、それを見たカラ松はへにゃりと眉を下げて、少し微笑んでから扉の外へと出て行く。まるで恋人、いや夫婦のような戯れを、私たちは飽きることなく毎朝繰り返しているのだ。
金属製の扉がガッチャンと大げさな音を立てて閉まり、外から何重にも施錠をする音が聞こえた。この家の鍵は特別製で、カラ松の持つ鍵でしか開け閉めすることができない。
カラ松はこの上なく優しい。口調も態度もいつだって紳士的だし、愛情表現も惜しみなくしてくれる。収入だって申し分ないし、ルックスも悪くない。
「これさえ無ければ、完璧なのに」
私の左足首には足かせがはめられていて、歩くとジャラジャラと鎖が鳴った。
足かせの鍵はカラ松が肌身離さず持っているため、外すことはできない。入浴の時ですら外すことを許されないこれは、とても煩わしいものだ。
だが、良いのか悪いのか、鎖はとても長く作られているため、この広いマンションの部屋の中であれば、どこへだって行けた。なので、煩わしくはあるが、日常生活を送る上で困ることはなかった。
カラ松は私が何をしようとも怒らないし、いつもニコニコと笑って許してくれる。だが、私が外に行くことだけは絶対に許さなかった。だから、私はこのマンションに連れてこられて以来、一度も外に出ていない。
でも、日用品は彼が買ってきてくれるし、食料品は宅配サービスで届けてもらっている。「自由に使っていいぞ」とクレジットカードも渡されているので、欲しいものはインターネットで何でも手に入れることができた。
外に出られない以外には、衣食住において何不自由ない生活を送っているのだ。