第2章 中
「俺が、彼女を誘拐したんだ」
落ち着いた声が私の鼓膜を揺らし、膝に感じていた重みがすっと消えた。
立ち上がったカラ松は、まるで事務伝達をするかのようにサラリと、重大な事実を言ってのけた。その顔には、焦りや困惑などは微塵も浮かんでいない。
「は・・・はぁっ?誘拐?お前、ここは茶化しちゃいけないところだぞ?」
「茶化してなんかいないさ。俺が彼女を攫って、今まで俺のマンションに監禁していたんだ」
相変わらず落ち着いた様子で話すカラ松に対して、すうっ、と私から見ても分かるほどに、一松の瞳が暗く静かに沈んでいくのが分かった。
カラ松の手よりも一回り細く、ピアニストのように長い一松の指が伸びてきて、ぱしっ、と腕を掴まれる。
「帰りましょう」
乱暴ではない。だが、抗えない力強さでもって、床に座り込んでいた私は引き上げられた。
まるで自分のものではないみたいに右、左、右、左、と進む足で、ひっぱられるままに私は歩いた。
振り返ると、カラ松はピンと背筋を伸ばして立って、まっすぐにこちらを見つめている。
カラ松さん、と喉から声がこぼれ落ちそうになったけれど、『松野GREATカラ松弁護士事務所』の扉がバタンと目の前で閉められて、その顔は私の視界から消えた。
扉が閉まる瞬間、「」とカラ松の声が聞こえたような気がした。
かくして私は、鼻の穴に指を突っ込んで背負い投げをするというとんでもない暴力弁護士によって、唐突に社会へと連れ戻されたのだった。