第2章 中
独立する時に半ば強引に引き抜いてきた若手弁護士の松野トド松が、依頼人を応接スペースまで案内する。
人と群れることの苦手な俺だが、決して人が嫌いな訳ではない。弁護士なんて職業をやっているくせに、正直なところ人とのコミュニケーションやら駆け引きやらが苦手な俺は、普段から人との関わりを最小限にとどめている。しかしその反動が時として大きく表出されてしまうことがあり、その結果、事務所の後輩の中で特に可愛がっていたトド松と離れるのがどうしても嫌で、奴の気持ちも確認しないまま強引に引き抜いてきてしまったのだ。ちなみに名前が酷似しているが、兄弟でもなければ親戚でもない。全くの赤の他人である。
「こちらで少々お待ちください。あ、弱井くーん」
人当たりの良さそうな柔和な笑顔を浮かべて依頼人をソファに座らせたトド松は、この事務所唯一の事務員である弱井さんを呼んだ。
「はーい」
自席でパソコンをいじっていた彼女は、トド松に呼ばれるとイスに座ったままくるりと振り返った。
この超絶かわいい女性は弱井トト子さんといって、先日募集をして採用した人だ。今まではご実家の手伝いをされていて会社で働くのは初めてだと言っていたから、確かに事務作業などは苦手な様子だったし、社会の一般常識について知らない事も多かった。だけどそんなさ末なことは何の問題にもならない。彼女はただそこに居てくれれば、それだけでいい。かわいいは正義。かわいい子は、何をしても許される。
「弱井くーん、弱井くん?」
「はーい」
何度呼んでも返ってくるのは、可愛らしい返事と笑顔だけだ。イスから立ち上がろうとしない彼女のもとに、慌ててトド松が駆け寄っていく。
「ちょっとちょっと、弱井くん?」
「はい、どうされました?松野さん」
ちなみに僕とトド松は苗字が一緒なので、彼女は僕のことは所長と呼んでいる。
「お客さんが来たらすぐにお茶出して。ね?接客業なんだから」
「そうなんですね~。でも、教えてもらってなかったので出来ませんでした!」
こんなやりとりも、日常のことだ。弱井さん今日も超絶可愛いな。