第2章 中
このマンションに連れてこられてから、すでに半年近い時間が経とうとしていた。
毎日同じ家で暮らして、同じ食事を摂って同じベッドで眠る。キスもするし抱き合いもする。当然のことながら、私とカラ松の関係はより親密なものへと変化し、今では「愛している」と言っても過言ではないほどの情愛を彼に感じるまでになっていた。
でも、だからこそ、この歪な関係に答えを求めてしまう。私は誘拐されて、この家に監禁されているのだ。加害者たるカラ松に好意を抱いてしまったことを、素直に受け入れられない。もともと好意を持っていた相手だったとしても、彼が私にした事の数々を考えれば、嫌悪こそすれ好意など抱くはずがないのに。
そう思うからこそ、罪悪感にも似た迷いが、ふり払ってもふり払ってもまとわりついてきて、身動きがとれないほどに絡みついて息ができなくなっていく。
この感情は洗脳によるものなのか、それとも私は本当にカラ松のことを愛してしまったのか。心の隅っこに追いやって見ないようにしていたこの疑問は、カラ松との穏やかな日々を過ごすうちに次第と大きくなっていって、今では私の小さな胸を内側から破らんばかりに大きく膨れ上がっていた。
この関係の名前などは単純明快で、「誘拐犯」と「被害者」以外に無い。
だが違う。私はこの家で、人の温もりを知った。一緒に食べるご飯の美味しさを知った。朝目が覚めて、隣で眠る愛しい人の胸に耳を当ててその鼓動を聞く幸せを知ってしまった。
この関係に名前をつけなければ、この感情の正体が分からなければ、この家で過ごした日々がまるで煙のように跡形もなく消え去ってもう二度と戻ってこないような気がして、それがどうしようもなく怖かったのだ。
「おいで」
カラ松は再度ソファに腰かけると、その逞しい腕で私を引き寄せ、膝の間にすっぽりと収めてから、包み込むようにして両腕を回してきた。
「大丈夫だから」
ポンポンと軽く背中を叩かれながら、低く甘い声で何度も何度も囁かれる。
何の答えも得られていないし、一体何が大丈夫なものかと腹立たしい気持ちもあるはずなのに、カラ松には不思議な力があるみたいだ。いつの間にか私の涙は止まっていて、何がきっかけだったかは分からないけれど、気が付けば声を上げて笑っていた。