第2章 中
「・・・突然だな、ハニー」
まるで「今日の夕飯は何が食べたいですか?」と聞くような口調で、サラリと言ってのけられた質問に、カラ松はほんの少しだけ眉を下げてから、小さく笑った。手に持っていた新聞を丁寧に折りたたんで、組んでいた足を解くと、ゆっくりと私の方に向き直った。
「どうして、そう思ったんだい?」
ゆったりとした口調でカラ松が問う。
彼はいつでだって自信たっぷりで、その余裕がそうさせるのか、その仕草や口調は決して慌てるということがない。
「どうしてと言われましても・・・至極当然の疑問だと思います。ここに連れてこられたことについて同意している訳ではありませんから」
淡々とした口調で答えたものの、私はフイとカラ松から視線を外した。なぜか、これ以上彼の顔を見ていることができなかった。
「とは言え、このマンションにとどまって生活しているのは私の意志です。それに監禁生活ではありますが、あなたとの生活は今までの私の人生の中で一番楽しい時間だと感じています。でも、だからこそ・・・」
淀みなく話していた口が、ピタリと止まる。
そんな私を急かすこともなく、目の前に立ったカラ松が包み込むような柔らかい眼差しを向けてきているのが分かる。カラ松の大きな手がいつの間にか背中に回っていて、まるで小さな子どもをあやすようにゆっくりとさすり始めた。
幼い頃にもこんな事があったような気がする、と思った。今はもういない母の顔を思い出して、少しだけ背中を押されたような気がした。喉につかえていた言葉が、ポロリと転がり出てきた。
「私と貴方の関係は何なのか、と」
私がそう言うと、カラ松の、背中に回された腕とは反対側の腕が伸びてきて、目元をツイと撫ぜられた。
そのこそばゆさに思わず目を閉じた瞬間、つうっと水滴が頬を伝った。
その時初めて私は、自分が泣いていたのだと気が付いた。カラ松の仕草は、私の涙を拭うためのものだったのだ。
意図せず流れ出した涙に驚きと困惑が湧き上がるが、頬を伝う熱いそれを自覚してしまったらもう、次から次へと涙がこぼれ落ちるのを止められず、床にしかれたラグには点々とシミが作られていった。