第1章 上
カラ松への、私のこの感情はなんなのか。誘拐されてきた初日に、うっかり彼の好意を受け入れてしまったあの時から、この数ヶ月の間に何が変わったのか。
カラ松と私は、もともと顔見知りだった。私の勤める図書館に、カラ松は仕事の資料探しのためによくやって来ていた。本の場所を聞かれることもあったし、貸出の手続きをしたこともある。週に数回かは顔を合わせるものだから、そのうち挨拶以上のやり取りが増えて、世間話程度は交わすようになっていった。
話しているうちに、カラ松のスーツの胸元に光る弁護士バッチが目に入り、そういえば借りていく本も法律関係の本ばかりだなと思った。彼は弁護士なのだと気が付くのに、たいして日はかからなかった。
カラ松はいつもハツラツとしていて、話の内容も面白かった。快活で頭の切れる好青年、というのが、私がカラ松に対して持った印象だった。どちらかと言えば、好印象だったのである。
だが、それ以上のものは持っていなかった。今にして思えば、カラ松に対する想いを押し殺していたのだと思う。彼のような優れた人間に、私のような女などは釣り合わないと、心のどこかで諦めていたのだ。
私はしがない図書館司書で、彼は優秀な弁護士。長い人生の中でたまたま一瞬、接点ができただけで、本来であれば私のような人間と関わりを持つような人ではないのだ。
おそらく普通の女性からしたら、こんな優良物件はないだろう。恋人がいないのなら、是非ともアプローチをかけたいくらい条件の良い男性だ。むしろ、恋人がいても奪い取りたいくらいなのかもしれない。
だけど、私は自分に自信がない。だから、太陽のように眩しいカラ松から目を背けた。