第19章 魔法のコトバ
あの鬼と呼ばれる八乙女社長と愛聖に、いったいどんな関係があるんだ?
「あの、社長。ひとつ聞いても?」
キチッと締めたネクタイをやや緩ませる社長に小さく声をかける。
小「そんなに難しい顔しながらの質問って何かな?」
「いえ、その・・・前から疑問に思っていたんですけど、八乙女社長はどうして移籍してここへ来た愛聖の事をずっと気にかけているんでしょうか。これまでも八乙女プロダクションを事情があったて退社した人たちは、厳しい言い方かも知れませんけど退社したらそこで終わり・・・みたいな感じだったと思うんです。けど、愛聖は違うじゃないですか。移籍会見の時も同席していましたし、なんならその会見の時の衣装とか場所まで世話して下さったようですし」
聞いてはいけない気もしたけど、かと言って聞いてもいいかと問うたあとにやっぱり今のはナシでとも言えずに思うままの言葉を社長へと投げかけた。
小「そうだね・・・なんて言ったらいいのか僕にも難しいけど、八乙女は確かに前とは少し変わったのかも知れないね。でも、良い方向に変化しているのならいいんじゃない?ほら、僕みたいに自社に所属するみんなを大切に思ってる、とかね?」
パチン、と軽くウインクをしてみせる社長に、まるでこの件に関して深く聞いて来るなと遠回しに言われているようで俺はそれ以上なにも言えなくなってしまった。
もしかしたら、単なる事務員である俺が知ってはいけない事があるのかも知れない。
それが何なのかは分からないけど、あの時、社長が愛聖を連れて八乙女プロダクションに移籍の話をしに行った時に約束事でも交わしたのだろうと言うことにして疑問を飲み込んだ。
それよりも愛聖の事を最優先に考えなければ。
どんな事情があるにしても、あの日の犯人かも知れないと思われる人物に遭遇したなら、またひとりで抱え込んで震えているかも知れない。
そもそも事情ってなんだ?
もう何度目かにもなる自問にまた辿り着き、眉を寄せた。
「コーヒー、淹れてきます」
寄せた眉を解すように押さえながら給湯室へと足を運び、サーバーをセットしてさつきまでの話に深い息を吐く。
俺が愛聖が出掛けると知った時、社長は愛聖は知り合いの所へ行くと言っていた。