第19章 魔法のコトバ
私の話を聞いて飛び出して行こうとする楽を止め、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
それでもまだ、楽からトクンと伝わる胸の音を感じて気持ちが落ち着いている自分に気付いて、静かにゆっくりと息を吐いてからその体をそっと押し返した。
『楽、ありがとう。もう大丈夫だから、おじいちゃんのお手伝いに戻ろう?じゃないと、ほら』
楽「じゃないと、なんだ?」
無理に作った笑顔を見た楽が、あからさまに訝しげな視線を向けてくる。
『だから、えっと・・・おじいちゃんに賄い作って貰えなくなっちゃうかな?なんて』
楽「お前はここに賄い食いに来てんのかよ」
『違う!どこかの誰かさんが、忙しすぎて死んじゃう!可愛い可愛い愛聖、お願いだから助けて!って言うから助けに来たんだよ?』
楽「いつ俺がそんなこと言ったんだ!」
『え?私は別に楽がだなんて言ってないけど?』
楽「・・・クソッ」
苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向く楽を笑いながら、店内から聞こえて来る常連さんとおじいちゃん達の会話に体を進めた。
楽「待てよ」
『待たない。だってお店を閉めたって言っても片付けとかあるから手伝・・・楽?』
離れたばかりだというのに再び香るお出汁の香りに、戸惑う。
楽「10秒、いや5秒だ待て」
たったそれだけ言って、楽はさっきと同じように私を抱きしめた。
『大丈夫って言ったのに』
楽「俺が大丈夫じゃないんだよ」
『なにが大丈夫じゃないの?』
楽「うるさい、ほっとけよ」
『じゃあ、そうする』
そう言うと楽の目は穏やかな笑みを浮かべながら、何度も私の髪を撫でた。
楽「さて、と。店閉めたなら片付けでも手伝って来い」
何度も髪を撫でていた流れで私の頭をぽんっと押し、楽が賑やかな店内へと顔を向ける。
『手伝って来いって、楽は?まさかサボリ?』
楽「んなわけないだろ、俺は賄いの準備だよ。今日も今日とて親子丼食いたいやつがいるからな、ここに」
『い、いいじゃない親子丼美味しいんだから!』
楽「蕎麦屋なんだから蕎麦食えよ蕎麦!」
『親子丼、待ち遠しいなぁ』
わざとらしく親子丼を強調して笑いながら三角巾を被り直し、身支度を整える。
『さーってと!片付けに行きますか』
楽「だな。さっさと片付けて飯食おうぜ」
『賛成!』