第19章 魔法のコトバ
❁❁❁ 楽 side ❁❁❁
灰汁取りも終わったし、後は沸騰させないようにしとけばいいな。
それにしても急に雨降るだとか、愛聖が帰る頃には雨が上がってりゃいいけど。
ま、雨でもそうじゃなくても帰りはちゃんと送り届けてやるさと思った時、呑気に考え事をしている場合じゃない声が届く。
「おい兄ちゃん、その辺にしとけや」
なんだ?
いつの間にそんな言葉が飛び交うような事があったんだ?
店内の様子を見るべく体の向きを変えれば、驚きでレードルを落とす。
アイツ・・・いつの間に面倒事に巻き込まれてんだっての!
ただ単にレジ仕事しに行ってたんじゃねぇのかよ!
急速に湧き上がる苛立ちを抑えることなく落としたレードルを拾おうと手を伸ばせば、更にとんでもない会話が聞こえてくる。
「それとも何か?アンタもこの女とイイコトしたいのか?さっき体撫で回してたしなぁ?」
体撫で回してただと?!
あンのクソジジイ、また愛聖にちょっかい出てたのかよ!
いくらこの店の常連だからって、毎度毎度そんなんされたら黙っちゃおけねぇ!
いや、いまはそれどころじゃねぇな。
客同士で揉め事はこっちも困る。
ましてや警察沙汰になったら、俺も愛聖も事情聴取されて身元が危うい。
とにかく何とかしねぇと。
落としたレードルもそのままに足早に近寄れば、興醒めしたのか客が愛聖を突き放した。
「っぶねぇ・・・おい、大丈夫かお前」
咄嗟に腕を伸ばし支え声を掛けるも、タチ悪そうな客はそれをものともせずにやや不機嫌な顔をチラつかせながら愛聖へ顔を近付けた。
『やめて下さい』
掴んだ肩を引くようにしながらもそれは遅く、愛聖に何かを耳打ちしたヤツを愛聖が強く押し返した。
「んだよ、ちょっとからかっただけだろっての」
『ごめんなさい・・・つい、力が入ってしまって』
愛聖に声を掛けようと顔を覗こうとすれば体を硬直させていた。
『う、そ・・・なんで・・・』
震えるような声で小さく言って、そのままうつむく愛聖を背後に隠し客を見る。
「またのお越しを」
ただそう言って店の入口にチラリと視線を投げれば、面倒くさそうな顔をしながらも仲間に連れられてようやく帰って行った。